年二回開催される難民主催のソーシャルエンタープライズであるHarmonyHKの行ったファッション&ミュージックショー ”HARMONY SHOW VOL.2 ” に参加してきました。会場はイートンホテル。オーディエンスは150人くらいか。なんか原石の塊がごろごろとあって、ひとつひとつ時折鮮やかな色彩を魅せてくれて、幻惑されました。あの感覚はなんだったんだろうな、と考えながらMTRで帰路に着いたのでした。

香港はご存知のように、1997年まで英国の植民地。中国への入り口であるとともに貿易、観光、金融あらゆる意味でアジアのハブ。英国が去っても欧米人の数は減ることはない。インド人、パキスタン人、ネパール人といった人たちは植民地時代から香港に住み着く人も多い。インターナショナルの学校に行く子女もいるのだが、ローカルの学校に通い、広東語が生活するための言語である人たちも少なくない。そして、70年代、80年代にはベトナムを始めとする難民の受け入れを行っていたので、そうした家族やその子女も多い。家政婦さんを普通に受け入れる文化だから、フィリピン人、インドネシア人はたくさん滞在している。

Harmony HK http://harmonyhk.co/

Took in the refugee curated bi-annual fashion & music show called Harmony Show Vol.2” held in Eaton HK with about 150 spectators. Talents like a block of rough stone went out on stage one after another and my thoughts were in a whirl for the vividness of the color they give off.
#harmonhk #weareharmony #wethinkdiversity

つまりこの街には当たり前のようにダイバーシティがある。マーケティングを行う際にターゲティングをする。香港人あるいは中国人だけを考えるにしても、育ったバッググラウンドによって文化、思考、価値が異なってしまう。

例えば香港の六本木(この言い方ももう古いけど)、西洋風のバー、レストラン、クラブが立ち並ぶエリアに行く香港人、中国人はほぼ間違いなくインターナショナルスクールを出たか、子供の頃から海外で暮らしていた人たちだ。ドメスティックに育った香港人はめったに行くことがない。

大学で香港人の学生と中国人の学生の交流はあるか。もちろん、授業やアサインメントのレベルではあるだろう。でも、この二つのグループに厳然とした溝がある。

日本でよく言われるのは、海外から来た人たちをどのようにコミュニティに受け入れるかということで、文脈としてはそういうことが下手くそな日本といういう言い方になるのだが、これだけ昔から様々な国から様々な文化を持った人々が集まり、生活している(もちろんマジョリティは香港人だ)香港であっても、受け入れる努力や活動がないとは言わない、ないとは言わないが、日常的にはそれぞれのコミュニティはそれぞれがんばって日々を過ごしているのだと思う。

個人的に、避難民たちが集まりファッションや音楽をキュレーションし、ひとつのテーゼとして世の中に問いていく、或いは、ここを手掛かりとしてブレイクスルーをするための活動は、とてもパワフルで面白いと思った。香港に交換留学で来ていた時に知り合った女の子がここのチームに入ってがんばっていて、ダイバーシティの中に身を投じているのが素直に羨ましいことでもあるので応援もしたい。

難民にならざるを得なかった人々、ファミリーは想像を絶する苦しみ、悲しみ、辛さがあるのだと思う。彼らの故郷にはそれらをよくするための政治的、経済的な環境が整ってないからだと思う。

日本も香港もそういう立場から見れば、よくできた国であって僕らは(賛同出来る方は)先人たちの努力、地理的な条件、歴史的に培われてきたものに感謝しないといけない。一方でその中にあって自らを報われない状況に置かざるを得ない人もいる。

さて、考えるほど思考がループになってしまうけれど、提示されたファッションデザインはとても良かったし、手に入るなら試したいものもあった。次のイベントもこわごわ覗いてみよう。

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